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プレミアムブログ【レオコーチpresents ~サッカー人生で得たもの③~】

プレミアムブログvol.46
【レオコーチpresents ~サッカー人生で得たもの③~】

 

このブログは、
【中原製作所】
【あわくら温泉元湯】
【沖家室ひじき】
【備前国総社宮】
の提供でお届けしています。プレミアムスポンサーの皆様、いつもありがとうございます!

 

 

レオコーチのコラム③です!

第2部では壮絶な高校生活の様子が語られていましたが笑、本気でサッカーと向き合い、本気で目標に向かっていき、苦しいこと辛いことを乗り越え、チャレンジしていく姿が本当に素晴らしいと思いました。

そんな貴重な経験を積み重ねてきたレオコーチが今、GranSeedに力を貸してくれていること、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

今回は最後となる、第3部のコラムです! IPUでのサッカー生活、これからの目標と夢について書いてくれているので、良ければご覧ください(^^)/

(①のコラムはこちら↓)
https://fc-granseed.com/2022/11/25/premiumblog043/

(②のコラムはこちら↓)
https://fc-granseed.com/2022/12/03/premiumblog044/

 

本題の前にサクッとお知らせをさせてください!

パーソナルスポンサーのお申し込み締め切り(12/25(日))が近づいておりますので、興味のある方はお早めにお申し込みください!

https://fc-granseed.com/2022/11/10/personalsponsor2022/

※締め切り後のお申し込み希望はご相談ください。

 

それでは本題です!

「サッカー人生で得たもの ~③~ 」

苦しくも充実していた高校サッカーをやり切って、僕は岡山県にあるIPU(環太平洋大学)に進学しました。

ありがたいことに特待生で入らせてもらいましたが、IPUサッカー部の部員は約300名。GKだけでも約40名います。入学当初、経験したことの無い人数の多さに圧倒されたのを鮮明に覚えています。(多分、IPUサッカー部皆そうだと思います笑)

いわゆる ”一軍” にあたる【Aチーム】から始まり、カテゴリー(チーム)は全部で9つに分かれて活動しています。本当に人数が多いチームです。

僕は1年生の当初からAチームに所属させてもらいましたが、大学1年生では1年間で試合の出場時間が0分、なんとベンチ入りすら一度もできませんでした。

GKはほぼ途中交代の無いポジションだし、サブのキーパーがレギュラーの人からポジションを奪うのも、フィールドプレーヤーよりかなり難しいです。2番手のキーパーであればまだ出場機会を狙えますが、3番手や4番手だと、なかなか出場機会が巡ってきません。

ベンチに座ることさえできない悔しさ。これが現実。

GranSeedでは多少の差はあれど、全員に出場機会が与えられていると思いますが、本気のスポーツの世界ではそう言ったことはありません。

実力のある人が出れて、実力不足な人は出れない、これこそが ”平等” です。足りなければベンチにすら入れず、そこからの逆転を起こすのも、他の誰ではなく自分の力でやるしかありません。応援してくれる人はいても、誰かが導いてくれるわけでもありません。

「小学生年代ではたくさん試合を経験してもらって、サッカーを好きになることが大事だ」と言うGranSeedのやり方はとても素晴らしいと思いますが、「上の世界に行けば厳しい世界が待っている」と言うのも事実で、

みんながみんなその世界に行くわけではないと思いますが、多少の悔しい想いや経験をすることもとても良いことだと、自分のサッカー人生を振り返っても思います。もしも今、サッカーで悔しい想いをしている子がいるのであれば、その悔しさをバネに努力を続けてほしいなと思います。必ず成長できます。

大学1年生のある日の練習中、右膝が ”パキッ” となりました。長年サッカーをしていれば足の痛みなんてしょっちゅうですが、あの時のはいつもと違う痛みでした。

全国大会前だったので無理をしてでもやろうと思っていましたが、ボールが痛くて蹴れない。。。おかしいと思い病院で検査を行ったところ、「右膝内側半月板水平断裂」と言われ、どうやら手術をしないと治らない大ケガでした。

それと同時に1年目のシーズンが他の人より早く終わる事が決まりました。まだ1年生。焦る時期ではないと思いすぐさま手術することを決断しました。

試合に出るために、出場機会を掴むために、大学入学後もずっとがむしゃらに練習をしていました。誰よりもグランドに残って居残り練習をしました。元からオフの日でも休むのは好きではないので、毎日体を動かしていました。

努力が結果として返ってくる前に、ケガにより戦線を離脱し、焦る気持ちは積もるばかりでした。

手術を行い、無事に復帰したは良いものの、自主練をしすぎたら次の日に膝が痛む、少し休んでまた頑張ると膝が痛む。これを繰り返していて、思うように練習時間を増やせないでいました。

だけど練習をしないと試合に出れない。「俺はこのままずっと試合に出れないで終わるのか?」と言う不安が襲い掛かる辛い日々でもありました。

 

大学2年生からはAチームではなく社会人チーム(Bチーム)のカテゴリーに移籍することになりました。

「試合に出て成長して帰ってこい」とエールを送られましたが、正直な心境としては綺麗事を言われているとしか思えませんでした。

Aチームから落ちると告げられた時は自然と涙がこぼれ落ちてきました。こう言った経験も今までになかったので、本当に悔しかったです。

「一度Aチームから落ちて、もう一度Aチームに戻ってきたキーパーは過去にもいないよ。」と先輩に何気なく言われた言葉が胸に刺さりました。

「それなら俺がもう一度Aチームに戻ってやる。」と強く心に決めた瞬間でした。

社会人チームに移籍してからは全試合フルタイム出場ができました。プレー内容も自分なりに満足できていました。「よし、行けるぞ」と確かな手ごたえを感じていたシーズンが終わりに差し掛かっていた時期に、スタッフから話がありました

「もう一度Aチームに移ってもらおうと思う」

「やっと戻れる!」とその時は素直に嬉しかったですが、Aチームに戻ってからも試合に出れるわけでもなく、控えのキーパーからまたポジション争いをしなければなりませんでした。

キーパーとして出場機会を勝ち取るまで、本当に「長い道のりだ」と思いました。

どうにか頑張って「俺の方がやれるんだ」と見せつけてやりたい!そんな想いで頑張りながら迎えた大学3年目のシーズン。

最初は3番手でベンチを外れる日々でしたが(キーパーは基本的に2番手までしかベンチ入りできません)、1番手の選手がケガで長期離脱をしたことで、自分も繰り上がりでベンチに入ることが多くなりました。

ベンチに入れる喜びもあった一方で、実力で掴み取ってないわけなので素直に喜べない自分がいました。「ここからどうにか這い上がっていきたい」と思っていました。

大学3年生の夏。全国大会の予選で、試合に出ていたGKが就活でいないこともあり、自分にチャンスが2試合回ってきました。

負けたら終わりのトーナメント。勝ち進んで迎えた準決勝。「このチャンスを絶対ものしてやる!ここで活躍して自分がレギュラーに定着してやる!」と意気込んで臨みました。

結果は、自分のミスから失点してしまい、それが仇となって負けてしまいました。そして、先輩である4年生の夏を終わらせてしまいました。

皮肉なことに、ここで与えてもらった2試合が、僕が3年間の中で唯一Aチームとして出場した試合でした。

ミスをしたのは他の誰でもなく、間違いなく自分です。自分に足りないものがあったから、その結果に繋がったのだと思います。

本当に悔しくて、今思い出しても悔しさがこみ上げてきますが、「ここからまだまだ成長しろ」と試練が与えられたのだと思います。

その後、やはり膝の調子が良くなくて、2度目の手術をすることになりました。サッカー選手として膝を手術するのは相当な覚悟が必要です。リスクも高いです。

2度目の手術はしましたが、結局その後も僕の膝は以前のようなパフォーマンスを発揮できず、試合のピッチに戻ることもかなわず、早くも引退をしました。(皆さんはあまり知らないと思いますが、実はもう選手としてのサッカーを辞めています。笑)

 

辞めようと考え始めたのは、手術をする前の春先のことでした。 「自分がIPUでサッカーを続けている意義は何か?」「何の為にサッカーをしているのか?」こんなことを思うようになりました。

 

この頃は練習も楽しくなくて、ただこなしているだけの時間になっていました。自分でもサッカーをしてる意味がわからなくり、悩んでいました。色々な方に相談をしてみました。

最終的に、辞めると決めた理由を少しお話しします。

1番は、『心と身体が一致しなくなった』ことです。

心の中では「頑張ろう」「試合に出てやる」と意気込んでいましたが、身体がついてこないと言う焦りが募るばかりで、常に膝の痛みとの戦いでした。

100%で練習をやると膝をまたやってしまうのではないか。本気でサッカーをやりたくてもやれない。思いっきりボールを蹴る事ができない。たくさん練習するタイプの自分からすると練習をできないもどかしさは、本当にキツかったです。

なんだかカッコイイ感じの理由になってしまいましたが…笑、更に本音を言うと、同い年に良いGKがいて「彼らを超えなければいけない」というプレッシャーや、「あいつはもう落ちたな」と言われる前にサクッとやめた方がいいのではないかとか、「もうこれ以上パフォーマンスは上がらない」と言うシンプルに限界も感じていたのも間違いなくあります。

それから、「将来は指導者になる」と決めていたので「大学生活ラスト1年は指導者の道でガッツリ学びたい」と言う将来的なことも考え、プレーヤーとしてのサッカー人生を終える事にしました。

選手を辞めると仲間に伝えた時、「まだできるよ」「もったいないよ」こんな言葉をたくさんかけてもらえて、本当に嬉しかったです。

これまで、このブログを通して自分の過去のお話をさせてもらいました。決して全てがうまくいったサッカー人生ではありません。たくさん壁にぶつかり逆境を乗り越えてきました。楽しいこともたくさんありましたが、辛いこと苦しいことのほうが多かったです。

僕はたかが21年しか生きていないので、皆さんの方が色々な経験をされていると思うのですが、「若造の自分が偉そうに文章を書いて良いものか?」と思っていたのですが、佐々木コーチからも「レオ君が経験してきたことは、多くの大人が経験できなかったことだから、絶対伝わるものがあるはずだよ」と言ってくださり、

自分が経験してきたことが、誰かの、何かのプラスになれば嬉しいな、と思い、文章を書かせて頂きました。

最後に、僕が子供たちに伝えたいことは、この3つです。

 

①継続する事の大切さ

サッカーだけでなく何か一つの物事を継続することは、簡単なようでとても難しいです。夢が叶うかどうかは誰にもわかりません。

それでも、努力を継続してみてください。夢や目標を達成する為に、一生懸命取り組んでみてください。例え達成できなくても、努力を継続する過程に意味があります。必ず自分の人生にとって意味のある行動となるからです。

「継続は夢をかなえる」と言うGranSeedの理念は、ぜひこの先もずっと持ち続けてください。

 

②ベクトルを常に自分に向け続けること

辛いこと、嫌なこと、苦しいこと、上手くいかない時、それこそ辞めたくなったり、投げ出したくなった時、色々と誰かのせいにしたくなると思います。

僕だって過去にもたくさんありました。人のせいにしたら自分は楽になります。

そんな時、外(誰か)に向いたベクトルを自分に一度向けてみてください。本当に人のせいにしていいのかな?自分で解決できないかな?

チームメイトのせいでも、コーチのせいでも、親のせいでも、環境のせいでもなく、自分が成長するチャンスです。自分の成長の為にも、ベクトルは常に自分に向けてみてください。

 

③感謝の気持ちを忘れないこと

サッカーができているのは誰のおかげですか?スパイク、ボールを買ってくれたのは誰ですか?今の生活をできているのは当たり前ではありません。支えてくれている人がいるから『今』が成り立っています。

それは僕自身もそうです。人は支えられ、支え合っていると思います。何事にも感謝の気持ちを忘れずに日々生活を送ってほしいと思います

 

最後の最後に、僕のこの先についてお話ししたいと思います。

大学在学中は、これまで通りGranSeedのコーチと、、、近々創志学園高校サッカー部のGKコーチもする予定です。

今年、佐々木コーチの後押し・支援もあって指導者ライセンスも取得させて頂きました。それを子供たちに還元できるように頑張りたいと思っていますが、来年は更に上級ライセンスを取りたいと思っています。

夢は『プロのGKを育てること』です。大きな夢ですが、自分の「やりたい!」と言う気持ちを大切に、自分の心に素直に、これからの日々を頑張りたいと思います。(GKに興味がある方は、個人レッスンも喜んでさせて頂きますので、声をかけてください!

 

読んでくださり、ありがとうございました!これからもよろしくお願い致します。

 

 

 

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